PAPERS

不動産証券化について

株式会社さいと不動産投資顧問 取締役 坂本勝男

不動産証券化をめぐる多くの議論

 不動産の証券化をめぐり、新聞などで色々な報道がなされているが、不動産業界の者から見ても解りにくいことが多い。これは、証券化に関する議論の観点が多いためであり、更に金融、不動産業界の変革期、日本経済の構造変革期が重なったからである。まずこの点を整理する。

証券化に対する観点

不動産事業者にとっては、証券化は資金調達手段の多様化であるが、個人・投資家からみれば資産運用手段の多様化である。
→資金調達と資金運用はひとつのコインの裏表なので、この両面からのアプローチが必要である。
資金調達側からは、貸し渋りの目立つ銀行融資に代わる新たな資金調達の手段として、その資本コスト(運用利回り)が課題となる。資金運用側からは、投資に対するリターンとしての運用利回り、投資に対する安全性を示すものとしての物件の情報開示が課題となる。
証券化された不動産は、投資商品として、金融投資商品(株式、国債等)に近づいてくる。従って投資価値分析等で金融界の価値概念が使われることが多いため、馴染みにくいものとなっている。
→金融界では投資対象の元本価値は変動することが前提となっている。不動産業界も地価上昇が前提でなくなった今、元本価値の変動を前提とし、リターンを重視した分析手法を確立する必要がある。
不動産証券化の方法としては、不動産特定共同事業法がすでに存在するが、これと今回制定されたSPC法との差が解りにくい。事業プランによってはこの両者を組み合わせたスキームもあるようだ。
→不動産特定共同事業法による証券化はその流通性に問題があり、本文では証券化の本命とみられるSPC法に重点を置いて説明したい。
不動産証券化が、地価上昇を前提とし、キャピタルゲインを狙ったビジネスから、フィービジネスへの転換の道具として語られる場合が多い。
→フィービジネスの観点からは、証券化が進展すれば、前記した情報開示の課題や、投資価値の判定等でかなりの業務の発生が予想される。
不良債権処理の決定打として報道される(特に外資が、不良債権を買った時など)場合が多い。→不良債権処理と証券化は本来別モノであり、外資は将来の転売のしやすさから証券化の手法をとっているに過ぎない、不動産の証券化は長期的観点から考えるべきことであり、この点に深入りすると証券化の本質を見失うのでここでは省く。

一般的要因

金融、不動産両業界等の変革期が重なった
金融:金融ビッグバンによる証券金融の相互乗り入れ化、外資の参入等による競争激化
不動産:バブル崩壊後の後始末と、新規業態の模索
日本経済:キャッチアップ型経済から先進国型のリスクテイク経済への変換
ため、これに対する各業界の対応が不動産証券化に絡んで問題が複雑化している。
これらの問題の全てに対して論述することは、問題が大きくなり過ぎるので、前記「→」以降の課題について若干触れつつ本文を進めていきたい。

1. 不動産の証券化とはなにか−SPCを例にして

  1. 不動産の証券化とは、厳密な定義はまだないが簡単に言うと、不動産に関する小口化された権利が一般多数の投資家に販売され、更に流通することである。(かつての不動産の小口化商品は、不動産の共有持ち分の販売という点で小口化されていたが、共有持ち分故の流通性の少なさからここで言う証券化とはかなり外れる)
  2. 権利である以上何らかの法律(民法、商法、証券取引法)による保護が必要であり、投資家に販売されるものである以上、収益性は絶対の前提となる。さらにこれが流通するものである以上は流通市場が必要となる。これをある程度実現するのが後述するSPCを使ったモデルである。

2. SPCについて

  1. SPC法の概略を下の図に示す。
  2. SPC(スペシャル、パーパス、カンパニー:特定目的会社)は上記のSPC法によって定義されている会社であり、米国のREIT(不動産投資信託)と同様に税の二重課税を回避する仕組みが備わっている。すなわち後述する様な不動産の所有会社(SPC)に税の特典(配当の損金算入、不動産取得税等の減免)による税のパススルー性が確保されている。税のパススルー性とはSPCが不動産収入の90%以上を配当として投資家に分配した場合、SPCそのものには法人税は課税されず、配当先の投資家に対し、所得税が課税されることをいう。
  3. SPCの欠点としてはその基本財産をまず特定することが必要なため、稼働収益物件については適用できるものの、開発案件の様にまだ物件ができていないものについては適用が困難なことである。

3. SPCを使った資産流動化の具体的なイメージ

・ 例えば、一棟の収益マンションを一つの会社(SPC)が所有し(会社財産はこれだけとする)、この収益を多数投資家に配分するスキームを考える。この場合、不動産はこの会社の株式を通じて小口化され、その株式は証券取引法の保護を受け、一般の投資家は投資利回りでこの株式を購入し、資金が必要な場合はこの株式を市場で販売することができる。

  1. SPCは、投資家を募り、株式(不動産価格の数割分)を発行し投資家はこれを買う、この株式の部分をエクイティー部分という
  2. SPCは不動産価格の残り分をまかなうため社債を発行し、投資家はこれを買う、この社債の部分をデット部分という
  3. 社債と株式で資金調達を行った後、稼働収益不動産を買う
  4. SPCは単なる箱であり運営能力はない、従って 不動産の運営管理は外部の会社に委託する
  5. 物件からの賃料が入る
  6. 社債購入者への元利返済を賃料収入で行う
  7. 株式購入者への配当を賃料収入で行う、社債購入者への利息、株主への配当は賃料収入の90%以上とすることにより、SPC自体への法人税課税を回避する
  8. 株式は次の投資家に自由に転売可能である
  9. 一定期間後、SPCは物件を売却し会社を清算する。売却金で、社債の残債務を返済し、残りは株式配当に充てる。即ち、返済は社債が優先するので、資金調達における社債と株式の発行価額割合によって株式の投資リターンの性格が変わる。

例えば社債部分が多く株式部分が少ないと、売却価格が高ければ(売却益が出れば)株主(少数)は多くの配当を得られ投資として有利である。逆に売却金額が低ければ、株主の総リターンは総投資金額に満たない場合もある。
逆に社債部分が少なく株式部分が多いと、株式のハイリスクハイリターン性は薄くなる。

証券化が出現した背景

・ 当初の疑問、なぜ証券化か?→銀行が融資してくれないから
約二年前から証券化の研究を始めていた、当時はわざわざ証券化の様な複雑な資金調達をしなくても、銀行が不動産事業に融資するか、不動産事業に投資したい個人投資家がいればそれで話は済むのではないかと考えていた。しかし個人投資家の場合すべての資金を手持資金でまかない得るはずはなく、やはり銀行の融資は必要である。ところが、銀行は不動産事業に対する投資リスクを地価の上昇で回避しており、この前提が崩れ、銀行は融資しなくなった。
・ 銀行が融資しなくなったのはなぜか?→地価上昇が望めなくなったから、日本経済のキャッチアップ型発展形態の終了
日本の銀行は融資の際に土地を担保として取り、土地が右肩上がりで上昇していたため貸し倒れリスクは土地の値上がりで担保される形態をとってきた。しかしこの前提が崩れ、地価は上下するという(米国の様に)当たり前の姿に戻った以上、不動産事業に対する融資は本来の事業リスクに対して厳しく査定が行われることになった。この結果として現在の不動産事業に対する貸し渋りがある。(現在の極端な貸し渋りは、銀行がBIS基準を達成するためになりふりかまわず資金回収を行っている結果であって短期的なものともみられるが、地価上昇がない限り、BIS基準達成後も不動産事業融資に関しては事業リスクの審査が厳しくなると考えられる)
・ 次に、我国では米国に比べ、個人資産の運用先は圧倒的に預貯金が多い。これは証券会社の情報開示不足等から個人投資家が証券界から逃げたこともあるが、基本的には日本経済が先進国に追いつくキャッチアップ型の形態をとっており、先進国で成功した事業形態だけを取り入れるやり方が多く、その分事業リスクは少なく、当然銀行のリスク(預金者の運用リスク)が少なかったからである。従って、その分銀行は安心して貸し出しを増やせた。このことを逆の面からみると、日本の銀行は米国の銀行に比べて貸し出し過ぎていたとも考えられる。
・ 証券化の本質は事業に対する資金調達であり、資金調達とは投資もしくは融資である。従って、証券化の進展は銀行に代わる資金調達の道ができることになり、その分銀行の守備範囲が小さくなることを意味する。
・ 米国ではずいぶん前にこの現象が起こっていた
銀行は安全で確実な事業とみられる対象分野に融資を行ってきたが、米国でも銀行のリスク管理能力の低下から貸し倒れが発生し、さらに不動産事業に対して貸し渋りが生じ、これを切り抜けるために証券化が発達した。
・ よく言われているように、米国における個人資産の運用先は、預金保険などの元本確定型以外にも証券のような元本が非確定な投資型商品が多い。すなわち資金供給を受ける側は株式の形で広範な資金調達市場から資金を調達しているわけである。

証券化の効果

・ 不動産の収益性が第一となる
不動産証券に投資する投資家は、株式、国債などの投資商品との比較において不動産に投資する、即ち投資に対するリターンが最重要な課題となる。即ち、不動産の収益性が最重要となる。(これは土地残余法で導きだされる想定の土地の収益力ではなく、稼働収益マンション賃料のような実際の収入である。このことを突き詰めて言えば、都心の地上げに失敗した虫食い状の空き地はほとんど収益性を持たないため、収益面からは駐車場程度しか評価できず、確実な再開発の予定でもない限りその価格は極端に低くなる。又、一定規模の整形地であっても建設リスク、テナント募集リスク等を考え、価格評価についてはある程度の割引率が必要となる)
・ 高額の不動産の取得が可能となる
多数の投資家から資金を集めて不動産に投資するため、かなり高額の不動産の取得が可能となる。
・ 専門家集団が必要となる
SPCの運営等にあたっては、特定の投資家とひも付きでない第三者性を持った不動産運営のプロともいうべき専門家が必要となる。又、証券化の初期においては、投資家は生保・外国銀行などのような投資のプロに限られるが、徐々に一般の投資家が参入するようになると、彼らに対する投資のアドバイザー役としての専門家集団(投資顧問)が必要となる。

証券化にかかわる不動産の鑑定評価の役割等

・ 不動産評価手法の開発
SPC法では、SPCが不動産を取得する際、その価格については不動産の鑑定評価を必要とすると規定されている。問題はこの鑑定評価が従来の鑑定評価のままでいいのかという点である。周知のとおり、不動産の鑑定評価はあくまでもその価格時点のみ通用する価格を表示するものであり、将来予測に関しては、例えば賃料の将来予測については三年以内の予測とする、というような厳しい規定がある。これは将来予測の難しさを考えて、むやみな将来予測を鑑定評価に導入することを避けたものであるが、米国の一般的な評価手法であるDCF法は将来の転売時点の転売価格をも予測し評価に導入する方法である。一般に投資行為は、株であれ土地であれその将来をある程度予測し投資行為に入ることが普通である。この将来予測をどのような形で鑑定評価に導入するかが最大の問題点となろう(現行の収益還元法において価格時点以降数十年の賃料の変動率、基本利率を想定しているが、これは相当大胆な将来予測ではないだろうか?)。

土地の個別格差の拡大

前記した様に、不動産の証券化とは不動産の収益の小口分配という側面がある。不動産の収益は土地と建物で実現されるものであるから、たとえ同一の道路に面していても、収益性の高い建物が建てられる(存在する)土地であるか否などによる土地の差別化が一層進むと考えられる。