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土壌汚染と土地価格評価

株式会社さいと不動産投資顧問 足立良夫

 不動産価格を語るのに土壌汚染という事象を関連付けて考えなければならない時代になっている。土地取引、開発などの現場での関心は土壌汚染に集まっている。一般紙、経済誌などに月に何度も関連記事が掲載されている。見出しはいつも決っている。「有害物質の○○が基準値の□□倍検出された」である。果たして衆目の興味は基準値の何倍かだけなのだろうか。違う。不動産を語る日本人の注目の的は価格のはずだ。
 では、なぜ土壌汚染の記事に、汚染で価格がいくら下ったかが記載されないのだろうか。理由は簡潔だ。土壌汚染リスクが的確に定量的に把握できないからだ。土地価格の減価リスクが取引市場で隠ぺいされているからだ。事例の収集や分析ができる状況に至っていないからだ。
 そこで、本稿では土壌汚染と土地価格との関連についての専門家としてこのような取引市場の現況と評価理論上からの考察を報告することにしたい。

鑑定協会の運用指針

 不動産価格評価に関し公式に土壌汚染についての言及がなされたのは、平成14年7月発行の不動産鑑定評価基準が初めてである。施行に呼応してS日本不動産鑑定協会でも組織的な調査研究を開始、評価に関わる指針を発表した。同年12月に「土壌汚染に関わる不動産鑑定評価上の運用指針I」を発行した。その後に運用指針Iの周知、研修の実施、運用実態の把握を行い、同16年10月に暫定措置としていた運用指針Iに代り、運用指針IIを発行、同時に全国研修を実施した。
 運用指針IIの要点は、(1)不動産鑑定士による土壌汚染についての調査方法とその限界の明示、(2)土壌汚染についての有無の判断と価格への影響の判断の峻別、(3)汚染地としての評価ができる場合の条件、である。
 (1)の調査を「独自調査」と言っており、対象地の利用履歴と公法上の規制の調査を主としている。土壌汚染の存在の端緒の有無を見出すレベルに過ぎないので、物理的に「存在しないこと」を証明するものでないことを明記して評価利害関係者に注意を喚起している。(2)の意味とは、汚染の有無の判断は土壌汚染調査機関の専権であり、鑑定士が行うのは汚染が土地価格に及ぼす影響の程度の判断であると確認したことである。そして土地価格への影響は、取引市場に参加する者の行動原理を基準に考えるべきこととしている。
 運用指針Iの運用実態を調査する中で明確になったことであるが、鑑定評価実務で土壌汚染と言う事象に関連するのは、汚染の可能性が考えられない土地の評価依頼、現実には汚染が存在する(あるいは、可能性がある)が汚染が存在しないものとしての評価や浄化措置後の評価依頼が過半を占めることであった。つまり汚染地としての評価に接することは非常に少ないことであった。
 運用指針IIの内容は、簡潔に言い表すと土壌汚染の存しない(元は存在したが現在は存しない)土地の鑑定評価ができる場合を明示したものである。さらに鑑定士による独自調査の精度と汚染がないとした場合の評価との関連に誤解が生じないよう注意を喚起することを留意事項にしている。

評価上での土壌汚染の認識

 土壌汚染の存否に関し、土壌調査報告では、(1)資料等調査によるおそれ(可能性)での表示、(2)状況調査の内の概況調査での平面的分布での存在の表示、(3)詳細調査による立体的分布での存在の表示、区分されている。
 また、土地価格評価の世界では、依頼目的等によって、いくつかに区分して評価のレベルがあり、そのレベル等に応じて上記(1)〜(3)が活用されている。例えば、金融機関等に活用される多量の担保評価の場合には、(1)段階の調査が利用されているようである。可能性を経験値などから認識し確率として数量化したりしている。
需要者が汚染に対し過敏に反応する住宅地では、存在しないとの認識は上記(2)までの調査を求めるのが一般的であるようだ。
 法律に規定される厳格な意味での不動産鑑定評価のケースでは評価対象地が汚染地であるとき(3)まで、しかも措置工事の種類と工事見積書がないと鑑定評価できないことにしている。
 この制約は、鑑定業界でのデータ収集、分析が緒についたばかりであることにも起因している。さらに鑑定評価という価格の概念や評価手法が規定されているため確率論的な要素を価格表示に反映できないためでもあると理解していただきたい。
 公的制度に則る土地価格の評価にも同様の汚染の存在の認識が反映されている。固定資産(土地)の評価、土地の相続税(財産税)評価においても土壌汚染地であれば、減価の対象となるとみられるが、課税当局では汚染の可能性だけでの減額評価を原則として認めていないのが現状である。

汚染地の正常価格論

 鑑定業界にいくつもの懸案がある。そのひとつが汚染地の正常価格(現実の市場下での合理的な市場で成立するであろう価格)は、浄化措置だけを前提としたものなのか、それとも浄化措置以外(覆土、舗装等)も含めて措置費用対効果の見地での最有効使用の判断を尊重して考えるべきなのかということである。
 この論争をさらに混乱させているのが国土交通省の汚染地を公共用地として取得する際の「適切な損失補償」の考え方である。平成16年3月10日に最終報告された内容では、「必要最低限の措置(筆者注;例えば覆土措置が原則)で最有効使用が可能となる場合もあるとの考え方」により、「土地に対する適切な損失補償額=正常価格」との前提に基づき対応してきた鑑定評価実務者は困惑をきたしているのも事実である。
 この議論を展開する紙面の余裕はないので、この稿では、現在の土地取引市場では浄化措置を強く選好しているのが実態であり、浄化措置を講じる前提のときだけに汚染地の正常価格が求められるとして論を進めることにする。

汚染地評価の考え方

 評価手法適用の基本的な考え方は、(a)浄化費用等控除方式、(b)取引事例比較法、及び(c)収益還元法、並びに(d)開発法の各手法に、汚染地の価格構成要素である
A;非汚染地の価値
B;浄化費用・期間等
C;スティグマ減価
を考量し求めた各々の試算価格を調整して「汚染地の価格」を求めるものである。
 しかし、資料収集の制約、汚染地取引や調査措置の事例収集・蓄積・分析が不足している等のために汚染地の取引事例比較法、収益還元法、開発法の適用が未だに難しい状況にあると言わざるを得ない。暫定的に(a)浄化費用等控除方式だけの適用に留まらざるを得ない。
 浄化費用等控除方式とは、A;非汚染地の価値を通常の評価と同様に原価法、取引事例比較法、収益還元法及び開発法等の手法を併用して求めた後、B;浄化費用、C;スティグマを控除することで算定する評価手法である。

浄化費用等控除方式適用上の留意点等

 A、B、C、3つの価格構成要素を各々別個に査定していくという意味で一般にわかりやすい。しかし地価水準が低い地域において深刻な汚染状況が確認できた場合は、A<Bとなるケースがある。評価対象地への有効需要を認めることはできないことを意味し、評価額としての表示ができないという欠点がある。浄化費用等控除方式が原価法(いわゆる費用積み上げ的手法)の一種と考えられるために、原価法に潜む欠陥を露呈してしまうわけである。
 浄化措置が取引現場では掘削除去が大勢をなしている現状にも問題がある。時間はかかるが費用は少なくて済むといわれる原位置浄化措置を想定し、費用・期間等の標準性を検証する機会に乏しいことである。

他の評価手法について

 現時点では汚染地評価に採用するのに困難性がある他の評価手法について少し言及しておく。
 まずは、取引事例比較法である。汚染地のままでの取引も少ないようであり、取引事例データ等がほとんど入手ができない。入手できた事例があったとしても事例として採用するためには、汚染の状態、浄化工事計画・費用・期間等に関する報告書等の内容を確認し、標準化する必要がある。
 これらの作業は一鑑定機関で行えるものではなく、鑑定業界全体や関連業界団体との連携により推進しなければならない課題である。
 次に収益還元法は直接還元法とDCF法がある。浄化スケジュールを反映できるDCF法の方が説得力があり有効性が認められる。
 純収益、還元利回り、復帰価格、割引率等を求めるのに必要十分な汚染を反映した根拠データが取引データと同様に収集できれば、適用可能となるし、収益還元法の持つ理論的側面により最も有効な手法となるであろう。
 開発法は、評価対象地の汚染の状態に応じて、浄化費用、浄化期間を支出項目に反映し、分譲価格に汚染地であったことの心理的な不安感による減価を市場が認めるとすれば、それを反映させることが可能な点で有効である。現実に工場跡地が分譲マンション開発されるケースが比較的多いことから、汚染地再開発に即応した評価に活用可能性が高い手法といえる。

<参考文献等>

○「土壌汚染問題と鑑定評価」、平成13年5月、(社)日本不動産鑑定協会近畿地域連絡協議会調査研究委員会
○「土壌汚染に関わる不動産鑑定評価上の運用指針I」平成14年12月、(社)日本不動産鑑定協会調査研究委員会基準検討小委員会土壌汚染対策WG
○「不動産鑑定評価基準および留意事項」、平成15年1月1日施行、国土交通省
○「要説不動産鑑定評価基準(改訂版)」、平成15年4月、鑑定評価理論研究会編著、住宅新報社
○「土壌汚染に関わる不動産鑑定評価について」(研修会テキスト)、平成15年8月、(社)日本不動産鑑定協会
○「土壌汚染に関わる不動産鑑定評価上の運用指針II」平成16年10月、(社)日本不動産鑑定協会調査研究委員会基準検討小委員会土壌汚染対策WG

(平成17年6月15日環境新聞掲載レポートから)